奇跡
miracles
ミラクル兜の伝説と拘り


1980年、今から27年前埼玉のT氏が現地メキシコにおいて一際目立つ白点の兜を見つけ持ち帰     った。これが伝説の始まりだ。日本カクタス企画社の佐藤氏がミラクル兜と命名、1996年<サボテンと多肉植物>Vol、2 通巻6号にて表紙に掲載発表。前記のT氏が当時の名球<秋本兜>との交配、実生を行うがF−1では親の顔が現れず。このF−1が3人の兜栽培名人の下へ、現在のミラクル兜に至る。茨城大のH氏がこの兜の因子が超劣勢であることに着目、純血種兜を選別して膨大なデーターを作成、交配、戻しを繰り返してようやく顔が出るが3パーセントの世界。1986年、何よりもこのオリジナル株が兵庫のS氏の下に収まったことが一層のベールに包まれる結果となった。1999年、S氏よりこれのカキ仔を入手出来たことが私の拘りの始まりである。2000年、これを元に初期のS氏ミラクル系、Y氏ミラクル系、0氏ミラクル系、H氏ミラクル系、西沢ミラクル系、村主カイエス兜等との交配を重ね10,000粒の種子を採取、播種した。選抜については某氏の助言により<ルリ系>を主に残していくことでこれが大当たり。理由は分からないが7割に顔が現れる。白点の先祖戻りか?現在、ミラクル兜と称して毛羽立った大白点、大疣の観賞価値満点の株が市場に出始めたがオリジナルのミラクル兜とは相違する。”だからどうした”と言われればそれまでだが”拘り”とはそうゆうものだ。一歩でもオリジナルに近いものを作出したい。つまり白点は小判型で和紙を貼り付けた感じ、決して陵間に白点が入ってはいけない。(スーパー兜との見極め)現在、日本のサボテン栽培技術は世界のトップを行くと思われるが、以前は兜とスーパー兜との交配はかなり難関だったが今ではスムーズになり、よって綺麗な模様白点、毛羽立ったビロードのような白点、或いは接木による大疣など観賞価値は充分だがミラクル兜と呼ぶには少し寂しい感がある。何故なら、あの清楚な見ごろのオリジナル株のインパクトが余りにも強烈に私の脳裏に焼き付いているからだ。


以下、これがミラクル兜のオリジナル球です。日本カクタス企画社提供

発根直後 発根して成長点が動き出した頃 白点の拡大写真 桜の花びらを敷き詰めたよう(小判型) 1880年代の最も見ごろの容姿
1986年 日本カクタス企画社出版
”サボテンと多肉植物”表紙に掲載
素晴らしいヒトデ型 開花写真 老体で陵間より花園の気配あり
以下、当方で使用した親木達
1999年、兵庫のS氏よりF-1のカキ仔として送られた接木苗 w2.8×h1.5 竜継ぎ 2,000年、処女花開花 父木にして
10,000粒採取 播種する
2,007年 現在の容姿(Si-1)
w10.4×h7.0 (2007年現在)
S氏(埼玉)ミラクル兜
1994年購入 (w12.6×h8.2)
0氏(茨城)ミラクル兜
1994年購入 (w11.5×h4.3)
H氏(茨城)ミラクル兜
2000年入手 (10.3×h5.0)
最もオリジナルに近い容姿
H氏(茨城)ミラクル兜
2000年入手 (w10.2×h4.2)
西沢氏(長野)ミラクル兜
2001年購入 (w8.0×h3.5)
弊園実生の中で最もオリジナルに近い苗
白点の質、厄介な白条なし、扁平ヒトデ
文句なし(S×0) w7.0×h3.1(1999年実生)
弊園実生ミラクル兜 (2002年実生)
Si-1×So-1 (w5.3×h1.9)
幼苗の時はルリ肌でした
弊園実生ミラクル兜 (2002年実生)
Si-1×So-1 (w4.4×h1.6)
幼苗の時はルリ肌でした
弊園実生ミラクル兜 (2002年実生)
S×0 (5.0×h1.7)
幼苗の時はルリ肌でした
白点で肌が埋まる究極のミラクル兜
村主氏所有のミラクル兜 Y氏(群馬)所有のミラクル兜 同じY氏所有のミラクル兜